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筱見四十八滝

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筱見四十八滝(ささみしじゅうはったき)は、兵庫県篠山市にある滝です。四十八滝とありますが、実際には8つの滝で構成されています。普段は水量が乏しく、日本百名滝にも含まれていませんが、深山幽谷の雰囲気は十分、味わえるでしょう。また、奥地の滝を見るには、鎖を伝って岩場を登っていく必要があるので、スリルある登山も楽しめます。

↑登山口
筱見四十八滝キャンプ場にある駐車場です。このキャンプ場にはトイレはありますが、紙は置いてありません。ここから滝に向かいます。今回は1人での散策で、道中、誰とも出会いませんでした。



↑最初の小滝
私が筱見四十八滝を訪れるのは、今回で二回目です。一回目の時は岩壁を水が滴り落ちるといった感じで、「え、これが滝?」と言った感じでしたが、今回は梅雨の中休みに訪れたので、水量豊富で見応えがありました。しかし、その反面、登山道は滑りやすく、四苦八苦しながら奧にある滝まで進みました。





↑手洗い滝
登山道を横切って、流れています。実際、水を手に取りやすく、正に手洗い滝です。




↑上が肩ヶ滝で、下が弁天滝
この付近には大岩もあって、深山幽谷の雰囲気が良く出ています。



↑長滝 
登山道を少し外れて、下った所にあります。落差がありながらも静かに流れ落ちています。女性的な美しい滝でした。




↑鎖場
筱見四十八滝には、この様な鎖場が幾つもあります。岩肌が濡れているので、慎重に足場を確保して登って行きます。



↑シャレ滝




↑大滝
今回見た滝の中で、最も激しく流れ落ちていました。迫力があって、男性的な力強さを感じさせます。




↑上が一の滝で、下が二の滝
筱見四十八滝の最深部で、最後の滝となります。


↑長大な鎖場
一の滝、二の滝の側にあります。ここから先に滝はありませんが、鎖場を登り切った先に展望の良い岩場があるので、そこまで行って見ます。



↑岩場からの眺め
しばし、眺めを堪能した後、来た道を戻って行きました。




↑弁天滝近くの大岩
奧に祠があります。この辺りの雰囲気が最も気に入りました。今回は条件に恵まれ、滝に迫力があって見応えがありました。また、変化に富んだ登山道も楽しめました。しかし、1人の散策だったので、ふと立ち止まって、後ろを振り返る事も多々ありました。汗

百杖岩

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百杖岩は、兵庫県三田市にある、標高292mの岩山です。標高は低いものの、鎖場があって登りごたえがあるとの事なので、友人と2人で行って来ました。麓にある、やまびこ売店に車を停め、準備を整えてから9時40分から登り始めました。

↑売店から百杖岩を望む

↑登山口
ここから一般登山道と、ロッククライミングコースとに分かれます。ロッククライミングに挑戦する!と言いたいところですが、腕に流れ矢が当たって負傷しているので、一般道にしておきます。勇気が無い訳ではありませんが、負傷しているので仕方ありません。尚、何故、矢が?との質問は受けつけておりません。




↑鎖場
短いながらも急角度です。



↑百杖岩
鎖場を登りきると、視界が広がって来ます。




↑百杖岩アップ
岩の下部には、ロッククライミング中の登山者がいます。私も腕に矢さえ刺さらなければ余裕で登れるのに、残念です。


↑山頂からの眺め
百杖岩(標高292m)山頂です。時刻は10時丁度、20分ほどの登りで、少々、物足りなかったです。目の前は百杖岩で、奥には三田市街が広がっています。



↑山頂からの眺め
南面は付近の山々に遮られて、遠くまでは見渡せませんでした。登りが結構、あっけなかったので、下りは道を変えて、静ヶ池経由の周回コースに進んでみました。




↑静ヶ池 
何の変哲も無い溜め池です。私は何の感慨も抱きませんでしたが、友人は、上高地の大正池(長野県の有名観光地)やなと言ったので、池に突き落としてやろうかと思いました。
私、「じゃあ、お前、綺麗な池で泳いでこいよ」

                       ガッ
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     |i  ドカッ ./  .::::::)::::(::::.\
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     li|   _ \     /| l l l |  /  i| ゴッ
    l「` ̄"´   ´⌒\( ー― ´ノ ヽ   |i
    |  ヽ__、_ \   ,   ̄ ` ´  ̄⌒ヘー│-ォ、 |
    |  ,イ   ̄.、`ヽ/        ヽ/      〉i|
  | |  l     ゝ  ゝ /⌒…

山中城 2

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山中城訪問の続きです。

↑弾薬庫と兵糧庫跡
本丸直下にあります。

↑武将達の墓
宗閑寺の境内に佇んでおり、その由来によれば、山中城の戦いで戦死した北条方の部将、松田康長、間宮康俊とその一族、箕輪城主の多米長定が祭られており、豊臣方の部将、一柳直末の墓も並んで祭られているとのことです。


↑岱崎(だいさき)出丸

↑岱崎出丸から駿河湾を望む
山中城からは、西方から進軍して来る豊臣軍の様子が、つぶさに目撃出来たはずです。北条方では、戦いを前にして武者震いする者と、圧倒的な敵軍を前にして恐怖に震える者との二通りに分かれた事でしょう。



↑岱崎出丸の堀



↑岱崎出丸の堀 
素人目ですが、この付近の堀は浅く、土塁の高さも足りないように感じます。往時は逆茂木(木製バリケード)を堀の外に置いて、侵入し難くしていたんでしょうが、渡辺了らはこうした所を乗り超えたんじゃないでしょうか。



↑岱崎出丸


↑櫓台



↑擂鉢(すりばち)曲輪
北条方の部将、間宮康俊は一族と共にこの曲輪に立て籠もって激しく抵抗しました。彼らは80挺の鉄砲に加えて、数挺の大鉄砲も有しており、その大鉄砲の威力は、豊臣方の防弾用の竹束さえ撃ち砕いたと云われています。



↑擂鉢曲輪の堀 
豊臣方の中村隊が攻めかかって来た所です。かつての激闘に思いを馳せながら散策すると、感慨深いです。 山中城の規模は大きく、並大抵の戦国大名では、せいぜい遠巻きに囲むしか出来ないんじゃないでしょうか。天下人、豊臣秀吉だからこそ、火力と人数に物を言わせた強襲が出来たのでしょう。ただし、その犠牲は計り知れないです。

山中城 1

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山中城は、静岡県三島市にある山城である。戦国関東の覇者である北条氏によって築かれ、障子堀を始めとする北条流築城術の粋が見られる城である。また、天下統一を目指す豊臣秀吉の大軍を迎え撃って、激闘が繰り広げられた城としても知られている。

永禄年間(1558~1570年)、山中城は北条氏康によって築かれた。箱根山中にあって東海道を取り込む形となっており、本拠地、小田原城の西方を守る、最重要の支城と目されていた。天正15年(1587年)、豊臣氏との緊張が高まってくると改修が始まり、天正17年(1589年)には、岱崎(だいさき)出丸を増築して更に防御力を強化する。しかしながら、防御工事は不完全なまま、天正18年(1590年)の小田原征伐を迎える事になる。時の山中城主は松田康長で、増援として玉縄城主、北条氏勝とその与力、間宮康俊ら4,000人が入った。

豊臣軍の総勢は22万人余で、その内、3万5千人が山中城の攻略に当たった。主将は豊臣秀次で、中村一氏が岱崎出丸を担当、一柳直末が三ノ丸と岱崎出丸の結節点にある大手口を担当、第二陣として山内一豊隊が続いた。西ノ丸には、徳川家康麾下の部将、本田忠勝、榊原康政、鳥居元忠、大久保忠世らが当たった。天正18年(1590年)3月29日早朝、豊臣方による鉄砲射撃によって戦いは始まり、城方もこれに負けじと激しく応射した。豊臣方は射撃に晒されながらも、じりじりと掘際ににじり寄って、攻撃配置に付く。まず、中村隊が動いて岱崎出丸の先端にある擂鉢(すりばち)曲輪に猛攻を加える。

岱崎出丸の城兵は、擂鉢曲輪を救援すべく移動を開始した。中村隊の家臣、渡辺了(わたなべ さとる)はこの隙を突いて塀を乗り越え、岱崎出丸に侵入、山中城一番乗りを果たす。それを後方から確認した豊臣秀吉は法螺貝を吹かせて、総攻撃を命じた。一柳隊も突撃を開始し、直末は陣頭指揮を執って大手を突破せんとしたが、その直後、鉄砲に撃たれて直末は討死にしてしまう。一柳隊は指揮官の討死で混乱を来たし、死傷者が続出する。渡辺了も大手を突破せんとしたが、南櫓と三ノ丸からの猛射を受けて釘付けにされた。渡辺了に付いて来た8人の内、4人がここで討死し、付近には50~60人もの一柳隊の死傷者が倒れていた。

この間、中村隊は岱崎出丸と擂鉢曲輪の掃討を進め、出丸の守将、間宮康俊を討ち取った。次に中村隊は三ノ丸突入を…

五台山

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五台山は兵庫県丹波市にある、標高655mの山です。10年程前にも登っていますが、今回、再訪しました。


↑登山口
登り始めたのは午前9時半です。



↑独鈷の滝落差18mの小さな滝です。
以前見た時は綺麗な清流だったのですが、今回は上流で砂防ダムを建設しているので、水が濁っていました。




↑浅山不動尊 独鈷の滝を登った先にあります。



↑渓流沿いの登山道
水の流れる音が響き、空気も涼やかで気持ちが良いです。



↑登山道
渓流を抜けると傾斜の強くなり、いよいよ本格的な登りとなります。


↑小野寺山からの眺め
小野寺山は、五台山の隣に位置する、標高645mの山です。



↑五台山山頂
到着時刻は午前11時10分で、約1時間40分の登りでした。



↑山頂から西を望む
丹波の穏やかな山々が見渡せます。ほっとするような田舎の風景が広がって、癒されます。




↑山頂から南を望む
田舎の山なので誰とも出会わないだろうと思っていましたが、3組の登山グループと出会いました。意外と人気があるようです。


↑岩瀧寺(がんりゅうじ)
五台山の麓にある小さな寺院です。
新型コロナウイルスの影響で、なかなか出かけ難い状況になっています。運動を兼ねて、しばらくは細々と地元の登山でもしておきます。